「は?」
理解できる内容には程遠い言葉と共に
俺の20歳の時間が始まりました。
大学に来て1年が過ぎようとしていたとき、俺には年上の彼女ができました。
正直、誰からもうらやましがられるほど、美人ではなかったけれど、年上ということもあってか、安心感を持てる女性でした。
特別どこかに出かけたって記憶はあまりないです。
ご飯を食べにいったり、酒飲みにいったり。
ゆったりと、それでいて早く3ヶ月の時間が経ちました。
俺も無事2年生に進級でき(何もしなくても2年には上がれるのですが・・・
ただサボりがたたり、取得科目は少なく。
2年で挽回しないと卒業はおろか3年への進級すら危うい事態になっていました。
「今年はまじでやらねーとまずいな」
同じようなことをいっている友達。
そりゃそうです。
いつも一緒にいるわけですから。
俺がやばい≠友達がやばい であっては困ります。
この公式は常に「=」になっていただかないと。
でも、そいつは大学のラグビーの特待生で入学してきていた奴なので
変な話、教授かなんかに頼めば単位をくれるのです。
まさに経済社会の縮図を見ているかの様。
大学に必要な人材に関しては、裏工作が幾らでもできるというね。
まぁそんなことはどこでもあることですので、別に気にはしません。
それを利用すればいいのですから。
大体ラグビー部の連中は全員は授業にいきません。
分担しているとまではいきませんが、1人が行ったら、そいつがラグビー部全員分の出席をとってくるのです。
それに俺も便乗。
そのかわり、「いつも便乗しっぱなしっつうのは無し」というのが暗黙の了解。
1週間に3日間くらいは普通に授業に参加していました。
1年もいると大学なんてものは自分の家みたいに感じてくるもので。
暇だったらロビーにあるでかいTVでテレビみて、
友達と一緒にいれば中庭でバスケやったり、運動場でサッカーやったり。
授業はじまるっつうのにラーメン食い入ったり、パチ屋いったり。
学校が終わったら、酒のみいって、朝までカラオケやって、二日酔いで次の日気持ち悪くて
でもそれも自分だけじゃなく、こいつらも一緒であって。
親父みたいな言い方かもしれないけど、酒を一緒に飲んでいける仲間ってそれこそ家族みたいに思えていました。
田舎からでてきて、言葉さえ違い、今後に期待しながらも悩んでいた、ちょうど1年前。
今でも「これでよかったのか」と考えることはあるけど、
それでも俺にはこうして腹割れる仲間ができて、毎日笑っていられている。
それが本当に幸せなんだと、ここに来て今一度かみ締める時期でもありました。
そんなこんなで1ヶ月が過ぎて、大学2回目のゴールデンウィーク。
友達からはBQQだ、飲み会だって誘いがあったり、
実家からは帰って来いって母さんからいわれていたりと。
しかし今年の俺には重大な予定がはいっていたのです。
それは
「彼女の家でのBBQ」
人生始まって以来の自分のお父さん以外のお父さんに会います。
5月5日の朝。
彼女がアパートまで迎えに来てくれました。
「お父さんって何が好きなの?」
「う~~~~ん・・・
ビールはアサヒしか飲まない」
アサヒビール買って行くこと決定。
行く途中、スーパーで肉を調達し、彼女の家の近くのコンビニでビールを購入。
「ここから3分くらいだから」
心臓の音が聞こえます。
男性は誰もが経験することだと思いますが、
彼女のお父さんっつうのは、いくら優しい顔をしていても怖いもので。
一挙手一投足にびくびくするものです。(そうじゃない方もいるかもしれないですが。
「そこが家だよ」
緊張最大値突破しそうです。
ついた時には、BBQは始まっていませんでした。
お父さんと彼女の姉さんの旦那さんが火を起こしたり、テーブルを組み立てたりしています。
「はじめまして。今日は呼んで頂きましてありがとうございます」
こんなしっかりした挨拶ができていたかは、定かではありません。
なにしろ緊張の真っ最中。
「とりあえず私の部屋いこ」
ナイス彼女。
一旦、緊張の射程範囲内から逃げることができた俺は、とりあえず一服。
ある程度落ち着きを取り戻して、いざ戦場へ。
「おう。こっちきて一緒に肉くうぞ」
自分たちが買ってきた肉、ビールを渡して乾杯しました。
こうゆうとき体育会系は有利ですね。
だってそれこそ年功序列。
1年生が3年生に焼いた肉を持っていくのと一緒です。
大体、BBQのときは肉、ビールをクーラーボックスにいれます。
なので、クーラーボックスをコンロのある程度近くに持ってきて、
ビニールシートを引かれていましたが、それには座らず、
コンロのそばを陣取り、肉を焼き、焼けたやつをくばり、酒をもっていき。
いつも部活の打ち上げでやってることなので、苦でもなく、そつなくこなしました。
それにお父さん好感触。
「ちゃんと飲んでるか~?」
「はい」
そりゃ飲んでますとも。飲まないでいられますかって。
「全然酔ってないな~」
酔えるわけがありません。
ただでさえ緊張しているのに、さらにコンロの一番そばでは汗かきまくりです。
姉さんの旦那さん
「よく気が利くな~。俺の20歳んときとはえらい違いだ」
ハードルあげてくれます。
「俺が初めてお父さんにあったときなんか、この人後ろでグー握ってたんだよ?」
「そうだったっけか~?」
握られてないだけ、まだましか。
まだまだ続く二人の会話。
「こいつ夜遅くに送ってきたときも~」
「あ~ あんとき殺してやろうと思った」
いやいや。
「バイクでこけて怪我させちゃったときも~」
「あ~ あれも殺してやろうかと思った」
いやいやいや。
「だってお父さん。俺が子供できたっていったとき~」
「あ~ あれも殺してやろうかと思った」
いやいやいやいやいや。
俺以外みんな笑っています。
昔の笑い話なのでしょうね。
ちょっとそこには俺の知らない家族のつながりがあって、
たまたま俺だけがブルーシートの上にいなくて、
家族の枠から俺だけ違う所にいる、さみしさを感じるタイミングでもありました。
それを察知したのか、姉さんの旦那さん。
「んでもお父さん。息子がもう一人できたっすね」
「そうだなー。お前だけじゃさみしいからな」
ん?
彼女の家は姉妹でした。
姉さんが結婚したときも、笑い話で「殺す」だのいっていたらしいのですが、
本心は自分の息子ができたようで、かなりうれしがっていたとのことです。
自分もそう思われているとわかったとき、
なぜだかブルーシートがちょっとだけ自分のほうに伸びた気がしました。
お昼ごろから始めたBBQも暗くなるころには外の部終了。
これからは中の部です。
外の片付けをして、家の中にはいったとき、
「部屋いこ」
またまたナイス彼女。
俺の気疲れを知ってか知らでかの小休止。
今思えばそれがよくありませんでした。
えーーと。
寝てしまいました。小一時間ほど。
彼女の部屋は2階でしたので、1階にゆっくり下りたところ。
「お~ おきたか。」
「はい・・・。すいません。寝てしまいました。」
「気にすることないぞ。気疲れしたろ~」
なんていいお父さん。涙がでそうです。
「酔いもさめたろ~」
「はい。全快です」
「なら飲め」
どんだけ酒好き?
中での宴会もひと段落して、次の日バイトがあった俺はアパートに帰ることに。
「お前も一緒にいくんだろ?」
彼女に聞くお父さん。
「送ってきたからね。」
答える彼女。
自分のできる限りのお礼をして、俺と彼女はアパートに向かいました。
その間、どんな話をしていたのか、はっきり思い出すことはできませんが
俺が寝ている間に、お父さんが俺のことをほめていたこと。
本当にうれしそうだったことを聞かされました。
それがちょっとくすぐったかったのを覚えています。
ほどなくしてアパートについて、倒れこむようにベットに入った俺に
「そういえば生理来たから。」
「ん」
正直そんな報告されても。と、大して気にも留めずに就寝しました。
次の朝。
「あのさ~・・・」
なにかいいずらそうな彼女。
「なに?」
「うんとね・・・」
この日は5月6日。俺の誕生日です。
こんなに言いづらいとなるとプレゼントのことなのかな?と、どこかで頭をよぎります。
「なんだよ~」
「あのね・・・生理ね・・・」
「うん?きてたんだよね?」
「そうなんだけど・・・。」
???
「昨日きて・・・・今日もう終わってるの・・・・」
「は?」
理解できる内容には程遠い言葉と共に
俺の20歳の時間が始まりました。
妊娠生理:着床出血という、受精卵が子宮内膜に着床した際に起こる出血のこと
今ではネットでこうやって調べれるんですけど
当時まだPCなんて持っていなかった俺は以前にバイトの先輩から似たような話を聞かされていました。
「おい。妊娠生理って知ってるか?」
「いや。しらないっすねー。」
「なんかよ。生理が1日で終わると妊娠生理っていうらしいぞ」
「そうなんすか?」
「ああ。ライオンが”ガオー”だ。一確だ。」
スロットネタかよ。
そのときは全然気にしていなかった内容の話なのに、
いざ自分がそうなってみると、それこそ真剣です。
バイトにいって、少し時間を空けてから、その先輩に。
「あの~。1日で終わるとまじで妊娠してるんすか?」
「ああ。ライオン”ガオー”だからな。一確だ。」
またかよ。
「ん?もしかして1日?」
「・・・・・はい。」
「おおおおおおおおお!!一確じゃん!!!!」
スロットネタもういいから。
「んでもまぁ。検査してみねぇとわかんねぇからな」
「そうですよね。帰りに買っていきます。」
まだ子供がなんたるやもわかっていないくそガキの俺の頭は何もありませんでした。
妊娠?子供?
検査してどうなればできてて、どうなればできてない?
できてたらどうする?
生む?生まない?
おろすとしても、そのこと同じ子供はもう二度といないんだよ?
でもそだてられる?
誰が?
どうやって?
何の解決にもならない、何の助けにもならない、わけのわからないことを考えながら
彼女の待つアパートに検査薬をもって帰りました。
彼女のそれをわたし、検査を行いに。
結果がうっすらとですが「陽性」。
「やっぱりね・・・」
と彼女。
どこかでまだ信じることができない。、いや信じたくない俺は
”明日の朝になったら、もしかしたら陰性になってるかもしれない”
そんなありえぬ期待をしながら寝ることになりました。
いつ寝たのか、もしくは寝ていないのか。
朝起きて再度確認したところ、消えるどころか、さらにはっきりと。
買ってきた検査薬の箱をおもむろに手にとり、説明部分を再度読み返します。
”陽性反応された方でも100%ではございません。すぐ病院での検査をお願いいたします。”
こんな医療用具には必ず書かれているような責任逃れ的な言葉にも期待を持ってしまうほど、
本当に何も考えられない状態でした。
二人で彼女の姉さんが子供を生んだという産婦人科へ。
30分ほど待っていると、
「はいってきて・・」
彼女が診察室から俺を呼びます。
「あ。彼氏さん?」
「はい」
先生は話を進めます。
「まずね。結果から。」
「はい。」
「うん。できてるね。1ヶ月だ。おめでとう。」
1ヶ月・・・そんなんでわかるんだ。
そうゆうことに疎かった俺はドラマとかで
「妊娠3ヶ月目なんだ~」というような台詞から、3ヶ月くらいでわかるものだと思っていました。
「ここの円い穴みたいなやつあるだろ?」
「はい。」
「これが赤ちゃんの部屋みたいなもんだな。妊娠するとできる」
「はぁ・・・」
「これができてるってことはこれから赤ちゃんを作るために体が準備してるってことだ。」
先生は続けます。
「まだな、形になってないからわかりずらいだろうけど。」
形もなにも、ただの丸い穴にしか見えません。
「しかしよくこんだけ早く、よくわかったな~」
やはりはやかったようで。
「生理が1日で終わったもので・・・」
「あ~。なるほどな。ライオン”ワオー”だな。一確だ」
こいつもかよ。しかもワオーって・・・。
何を話していいかわからない俺は黙ったままでした。
話を始める彼女。
「私ね。うれしいよ。」
・・・
「君の子妊娠できて。」
返事ができませんでした。
「だって運命感じたっていったでしょ?」
「うん」
「だから・・・・私は生みたい」
「そっか・・・」
彼女の答えは初めから決まっていたようです。
そしてまだ事の重大さに理解しきれないというか
頭のついていっていなかった俺。
そんな中でも心に一つだけ、かすかではあったけども
それでいて信念に近く、力強く灯っていた道標。
”同じ子供はもう二度と生まれない”
世の中には欲しくても、男性や女性の身体に問題があり、苦労しても妊娠できない夫婦がどれだけいるのでしょう。
それが今回、運がよく俺らの元にそれこそ童話かもしれませんが、「コウノトリ」が訪れたのかもしれません。
ただ現実が見えていないといわれば、そこまでの話。
自分達の身勝手で、何も悪い事をしていないまだ見ぬ”赤ちゃん”を、何もなかったかのようにすることはできなかった。
それがどんなに大変であるかも、この先の身の振り方さえもわかっていなかったけれども、
俺の心の中を取り巻くいろいろな感情の中心にあるもの。
「責任をとる」なんて台詞はけるほど、何も成していなかったし、成せるわけもないガキが出した結論。
「俺も生んで欲しい」
20歳という節目の年の誕生日に
本当の意味での”大人”に、そして人の”親”になるというプレゼントをもらいました。
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